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2018年06月26日
有期契約労働者と無期契約労働者との間の不合理な労働条件の禁止を定めた労働契約法20条に関する初めての最高裁判決が出ました。今後の労務管理において大きな意味を持つことになるでしょう。
ハマキョウレックス事件 上告審(最高裁二小 平30.6.1判決)
なお、一審(大津地裁彦根支部 平27.9.16)、控訴審(大阪高裁平28.7.26)についてはこちらを参照してください。
【労働判例に学ぶ人事・労務管理】有期労働契約の労働条件(ハマキョウレックス事件 一審・控訴審)
【事件の概要】
一般貨物自動車運送事業を営む会社(Y社)に契約社員として有期労働契約を締結していたXがY社の正社員(無期契約労働者)との間で、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、通勤手当、家族手当、賞与、定期昇給及び退職金に相違があることは、労働契約法20条に違反しているため①正社員と同一の労働条件になることを求め、②当該期間に正社員に支給された無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、通勤手当の差額の支払いを求め、③仮に正社員と同一の労働条件にならない場合は労働契約法20条違反による不法行為に基づき②の差額に相当する額の損害賠償を求めた事件です。
(①の正社員と同一の労働条件が認められた場合は、入社時からさかのぼって今後も正社員と同じ手当額の支給を受けることを意味し、①が認められなかった場合でも③のとおり不法行為に基づく損害賠償を求めるといった主張です。)
(参考)労働契約法20条(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められる者であってはならない。」
Xの入社当時の労働条件
正社員には、正社員に適用される就業規則及び給与規程が、契約社員には「嘱託、臨時従業員およびパートタイマーの就業規則」(本件契約社員就業規則)があり、これらの就業規則に基づいてXと正社員とを比較するとX(契約社員)には無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、家族手当の支給がなく賞与、退職金の支給と定期昇給も原則としてありませんでした。また、平成25年12月以前は通勤手当の支給額が2,000円少ないという相違がありました。(通勤手当は平成26年1月以降は正社員と同じ基準で支給。)
そして、Xの彦根支店におけるトラック運転手の業務内容は契約社員と正社員との間に相違はなく、当該業務に伴う責任の程度にも相違はありませんでした。しかし、正社員には業務の必要がある場合には就業場所の変更を命ぜられ、出向を含む全国規模の広域異動の可能性がありましたが、契約社員には配転または出向に関する定めはなく就業場所の変更や出向は予定されていませんでした。また、正社員には公正に評価された職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて適正な処遇と配置を行うとともに、教育訓練の実施による能力の開発と人材の育成・活用に資することを目的として等級役職制度が設けられていましたが、契約社員についてはこのような制度は設けられていませんでした。
【判決のポイント】
(1)労働契約法20条に違反する場合は正社員と同一の労働条件になるのか。
(2)諸手当の不合理性の判断について。
【判決の内容】
(1)労働契約法20条に違反する場合は正社員と同一の労働条件になるのか。
まず、労働契約法20条の意義について、労働契約法20条は有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があることを前提に(A)業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、(B)当該職務の内容及び配置の変更の範囲、(C)その他の事情((A)(B)(C)を合わせて「職務の内容等」)を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であるとしたうえで、労働契約法20条は私法上の効力を有すると解するのが相当であり有期労働契約のうち同条に違反する部分は無効となるものと解されるとしたが、同条の文言上も違反する場合に当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなる旨を定めていないとしています。
そうすると、有期契約労働者と無契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても、同条の効果により当該有期契約労働者の労働条件が比較対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないと解するのが相当であるとして、法律により自動的に正社員と同一の労働条件にはならないとされました。
また、正社員に適用される就業規則と契約社員就業規則は、別個独立のものとして作成されていることから、本件においては同条に違反する場合に、正社員に適用される就業規則が契約社員に適用されることになることは、就業規則の合理的解釈としても困難であるとして、本件においては正社員と同一の労働条件にはならないとされました。
つまり、本件では労働契約法20条に違反する労働条件については、法律上当然に正社員の労働条件になるわけではなく、また、Y社の就業規則を見ても正社員と契約社員とは別個の就業規則として労働条件を定めているので、正社員と同じ労働条件にはなるわけではなく、その差額について損害賠償を負うものとされました。
(2)諸手当の不合理性の判断について
労働契約法20条にいう労働条件の相違について「期間の定めがあることにより」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が、期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうとして、本件においては契約社員と正社員とでそれぞれ異なる就業規則が適用されることによって労働条件の相違が生じていることから、この相違は期間の定めの有無に関連して生じたものであるということができ同条が適用されるとされました。
つまり、一般的にはほとんどのケースにおいて有期社員と正社員とで労働条件に相違があった場合は、労働契約法20条が適用されるということになります。
そして、「不合理と認められるもの」について、文面上「不合理と認められるものであってはならない」と規定していることから、あくまでも労働条件の相違が不合理と評価されるか否かを問題としており、また職務の内容が異なる場合であっても、その違いを考慮して両社の労働条件が均衡のとれたものであることを求め、その均衡の判断に当たっては労使間の交渉や使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定し難いため、同条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価できるものをいうとされました。つまり、合理的までは求めないというものでした。
この部分については、明確な基準が示されたわけではないため、不合理と評価できるものについては今後の裁判例において具体的に判断していく必要があります。
そのうえで、諸手当の不合理性について判断されました。
まず、契約社員と彦根支店でトラック運転手(乗務員)として勤務している正社員とは、両者の職務の内容に違いはありませんが、職務の内容及び配置の変更の範囲に関しては、正社員は出向を含む全国規模の広域異動のある可能性があるほか、等級役職制度が設けられており、職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて、将来会社の中核を担う人材として登用される可能性があるのに対し、契約社員は就業場所の変更や出向は予定されておらず、将来そのような人材として登用されることも予定されていないという違いがあるとされました。
そして、諸手当がこのような違いに基づいた相違になっているか否かが判断されました。
○住宅手当について
住宅手当は、正社員に対してのみ支給されており従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されるものと解され、契約社員は就業場所の変更が予定されていないの対し正社員は転居を伴う配転が予定されているため、契約社員と比較して住宅に要する費用が多額となり得る。
したがって、正社員に対して住宅手当を支給し契約社員には支給しないという労働条件の相違は、不合理と認められるものに当たらないとされました。
○皆勤手当について
皆勤手当は、正社員である乗務員に対してのみ支給されており、これは会社が運送業務を円滑に進めるためには実際に出勤するトラック運転手を一定数確保する必要があることから皆勤を奨励する趣旨で支給されるものであると解されるところ、乗務員については契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから出勤する者を確保することの必要性については、両者とも変わらない。
また、この必要性は将来転勤や出向の可能性や会社の中核を担う人材として登用される可能性の有無といった事情により異なるといえない。
そして、契約社員の昇給についても昇給しないことが原則であり、昇給する場合でも皆勤の事実を考慮して昇給が行われたというその他の事情も見当たらない。
したがって、乗務員のうち正社員に対して皆勤手当てを支給し契約社員には支給しないという労働条件の相違は、不合理と認められるものに当たるとされました。
この皆勤手当は、高裁では「不合理とまではいえない」とされましたが、最高裁では「不合理」とされました。
○無事故手当について
無事故手当は、正社員である乗務員に対してのみ支給されており、優良ドライバーの育成や安全な輸送による顧客の信頼の獲得を目的として支給されるものと解されるところ、契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから安全運転及び事故防止の必要性については両社とも変わらない。
また、この必要性は将来転勤や出向をする可能性や、会社の中核を担う人材として登用される可能性の有無といった事情により異なるものではなく、その他の事情も見当たらない。
したがって、乗務員のうち正社員に対して無事故手当を支給し契約社員には支給しないという労働条件の相違は、不合理と認められるものに当たるとされました。
○作業手当について
作業手当は、正社員給与規定において特殊作業に携わる正社員に対して支給する旨が定められているが、支給対象となる特殊作業の内容については定められていないため各事業所の判断に委ねられている趣旨と解され、彦根支店では正社員に対して一律に一万円が支給されていました。
この作業手当は、特定の作業を行った対価として支払われるものであり作業そのものを金銭的に評価して支給される性質であるところ、契約社員と正社員の職務内容は異ならない。また、職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることによって行った作業に対する金銭的評価が異なるものではなく、その他の事情も見当たらない。
したがって、乗務員のうち正社員に対して作業手当を一律に支給する一方で契約社員に対して支給しないという労働条件の相違は、不合理と認められるものに当たるとされました。
○給食手当について
給食手当は、正社員に対してのみ支給されており、この給食手当は従業員の食事にかかる補助として支給されるものであるから勤務時間中に食事をとることを要する労働者に対して支給する趣旨と解され、契約社員と正社員の職務の内容は異ならない上、勤務形態に違いがあるといった事情はなく、また職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは勤務中に食事をとることの必要性やその程度とは関係がなく、その他の事情も見当たらない。
したがって、乗務員のうち正社員に対して給食手当を支給する一方で契約社員に対して支給しないと労働条件の相違は、不合理と認められるものに当たるとされました。
○通勤手当について
通勤手当は、平成26年1月以降は契約社員と正社員との間に支給の差がなくなっていますが、平成25年12月以前は契約社員のⅩに月額3,000円が支給されていました。このⅩと同じ交通手段と距離の場合に正社員だと月額5,000円支給されることになっていました。
この通勤手当は、通勤に要する交通費を補填する趣旨で支給されるところ、労働契約の期間に定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異なるものではない。また職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは通勤に要する費用の多寡とは直接関連するものではなく、その他の事情も見当たらない。
したがって、正社員と契約社員との間で通勤手当の金額が異なるという労働条件の相違は、不合理と認められるものに当たるとされました。
諸手当の判断をまとめると、住宅手当は不合理ではありませんが、皆勤手当、無事故手当、作業手当、給食手当、通勤手当は不合理とされました。高裁では、皆勤手当は不合理ではないとされましたが、最高裁では不合理であるとされ、その他の手当については高裁の判断が維持されました。
【労務管理のポイント】
この最高裁の判決で有期契約労働者と無期契約労働者との不合理な労働条件の禁止を定めた労働契約法20条の判断の枠組みは一定の確立がなされたといえます。
とりわけ、正社員と有期契約労働者の労働条件が職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であることを明示した意義は大きいといえます。つまり、「均衡」ということなので正社員と有期契約労働者の労働条件が労働契約法20条に違反する場合でも直ちに正社員と同じ労働条件にはならないということです。
労務管理をしていく上では、正社員と有期契約労働者とは大きく何が違うのかということを、(A)職務の内容、(B)職務の内容や配置の変更の範囲、(C)その他の事情、といった基準をもとに整理する必要があります。そして、両者の労働条件の相違が実質的にこれらの違いに基づいた相違になっているのかを確認する必要があります。
そして難しいのが、両者に相違がある場合に均衡のとれた労働条件となっているかどうかです。日本郵便(時給制契約社員ら)事件(東京地裁 平29.9.14)においても両者の相違を認めた上で全く手当が支払われないということは不合理であるとされています。この点について同判決では「割合的認定」の手法(民事訴訟法248条による認定)が用いられたため労務管理としてはあまり参考にならず、今回の最高裁では示されていません。この点は今後の裁判例を見ていく必要がありますが、いずれにしても企業としては説明ができる状態にしておくことが大切です。
もう一つ労務管理上で重要な点としては、この判例に限りませんが、就業規則の合理的解釈ということです。これは就業規則の内容が、例えば、契約社員就業規則には「この規則に記載がない内容は正社員就業規則による」などといった規定があるため、契約社員の労働条件の一部が労働契約法20条に違反する場合に無効となり、無効となった部分がこの記載を適用させて正社員の労働条件と解することができる、といったものです。これは注意が必要で、非正規社員向けの就業規則をこのような内容にしている企業が少なくないと思われます。このような規定の仕方は就業規則の作成や改定の場合には効率的に記載ができるという反面、上記のような場合では正社員と同じ労働条件になってしまうということになります。働き方改革によって企業には多くの社員区分が設けられてきていますが、できるだけこれらの社員区分ごとの就業規則は別個独立させておいた方がよいでしょう。