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【労働判例に学ぶ人事・労務管理】定年後再雇用の賃金減額(長澤運輸事件)

カテゴリー 2018年12月17日

定年退職後において多くの企業では再雇用という有期労働契約の形態をとっており、定年退職前に比べると賃金額を減額することが一般的になっています。こうした中で、その賃金減額について最高裁が判断をした判例として今後の人事・労務管理において参考になる判例をご紹介します。

 

長澤運輸事件(一審 東京地判平28.5.13、控訴審 東京高判平28.11.2、最高裁ニ小平30.6.1判決)

【事件の概要】

Y社を定年退職し、有期労働契約として再雇用されたXらが、正社員との間に賃金について相違があることは労働契約法20条に違反するとして主位的には正社員就業規則が適用され正社員に支給されるべき賃金と実際に支給された差額と遅延損害金を求め、予備的に不法行為に基づき上記差額に相当する額の損害賠償金と遅延損害金を求めた事件です。

 

Y社は、一般貨物自動車運送事業等を目的とし、セメント輸送、液化ガス輸送、食品輸送等の輸送事業を営む株式会社でした。Y社には「正社員就業規則」と定年後再雇用された従業員向けに「嘱託社員就業規則」があり、定年後再雇用制度が設けられていました。

 

Xら3名は、Y社を定年退職しその翌日から嘱託社員として有期労働契約を締結し撤車乗務員として勤務していました。Xらは、全日本建設運輸連帯労働組合(本件組合)の長澤運輸分会の組合員でした。

 

◆正社員と嘱託社員(定年後再雇用)の労働条件の相違

 

正社員

嘱託社員

基本給/
基本賃金
・ 基本給として賃金表による。
・ 在籍給(1年目81900円で在籍1年につき800円を加算、41年目の12万1100円が上限)
・ 年齢給(20歳を0円として1歳につき200円加算、50歳の6000円が上限)
・ 基本賃金として嘱託社員労働契約による。
・ 12万5000円(欠勤控除あり)
能率給/
歩合給
・ 能率給
10トン徹車 4.60%
12トン徹車 3.70%
15トン徹車 3.10%
徹車トレーラ 3.15%
・ 歩合給
12トン徹車 12%
15トン徹車 10%
トレーラセント 7%
職務給 ・ 10トン徹車 7万6952円
・ 12トン徹車 8万552円
・ 15トン徹車 8万2952円
・ 徹車トレーラ 8万2900円
・ 無し
精勤手当 ・ 5000円 ・ 無し
役付手当 ・ 班長 3000円
・ 組長 1500円
・ 無し
住宅手当 ・ 1万円 ・ 無し
無事故手当 ・ 5000円 ・ 5000円(以前は1万円だったが基本賃金の増額と引替えに5000円になった)
家族手当 ・ 配偶者5000円、子1人につき5000円(2人まで) ・ 無し
超勤手当 ・ 有り ・ 有り(正社員と差異はないが算定基礎となる基本賃金が異なる)
通勤手当 ・ 有り(4万円を限度) ・ 有り(4万円を限度)
調整給 ・ 無し ・ 老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されない期間について月額2万円
賞与・退職金 ・ 賞与 基本給の5ヵ月分
・ 退職金 3年以上勤務で支給
・ 賞与・退職金とも無し

 

Y社の再雇用制度内容について、定年は満60歳とし、嘱託社員就業規則において定年で退職する者のうち本人が継続勤務を希望し会社が雇用を必要と認めて採用された者を嘱託社員として1年以内の期間を定めて契約し、給与は原則として嘱託社員労働契約に定め、賞与その他臨時的給与及び退職金は支給しないことを定めていました。

 

定年後の再雇用について、Y社と本件組合は労使交渉を重ねてきており、本件組合は一貫して嘱託社員の労働条件は賃金等の引下げることなく65歳までの雇用確保措置をとることを求めてきたがY社はこれに応じていませんでした。

 

ただ、本件組合とY社の労使交渉において、合意は結べていないがY社は本件組合の要求に応じて一定の労働条件の改善を行っていました。具体的には、当初10万円の基本賃金を2万円増額し12万円としたこと、無事故手当について正社員は5000円であるのに嘱託社員が1万円なのは不合理であるという本件組合の要望に対して嘱託社員の無事故手当を1万円から5000円に減額し基本賃金を12万5000円に増額したこと、老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されるまでの間に月額1万円の調整給(その後2万円に増額)を支給すること、などを改定しました。しかし、本件組合から都度経営資料の提示を求められたがY社はこれに応じませんでした。

 

これらによって嘱託社員の賃金(年収)は、定年退職前の79%程度となることが想定されるもので、Xらの実際の賃金は約76%から80%程度でした。Xらは、嘱託社員の雇用期間や賃金条件に同意できないが、雇用の継続のためにやむを得ず嘱託社員労働契約書に判をついて提出する旨を通知したうえで雇用契約を結びました。

 

そして、Ⅹらは嘱託社員となった後、定年前と同様に徹車の乗務員として勤務し、業務内容は正社員の乗務員と同じく徹車に乗務して指定された配達先にバラセメントを配送するというものであって、嘱託社員であるⅩらと正社員である乗務員との間には業務の内容および当該業務に伴う責任の程度に違いはありませんでした。また、Ⅹらの勤務場所は業務の都合により勤務場所及び担当業務を変更することがあることが定められ、正社員にも同様の規定が定められていました。

 

このような状況の中で定年退職した後に嘱託社員として有期労働契約を締結して就労しているⅩらは、正社員との間に労働契約法20条に違反する労働条件の相違があると主張してY社に対し主位的に正社員就業規則等が適用される立場にあり正社員就業規則等により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額とその遅延損害金の支払いを求め、予備的には不法行為に基づき上記差額に相当する額の損害賠償金とその遅延損害金を求めました。

 

【主な争点】

(1)労働契約法20条違反の有無

嘱託社員と正社員との間の賃金の相違は労働契約法20条に違反するか。

(2)労働契約法20条違反が認められた場合におけるⅩらの労働契約上の地位(主位的請求)

労働契約法20条違反となる場合、Ⅹらに正社員就業規則が適用されるか

(3)不法行為の成否(予備的請求)

(2)においてⅩらに正社員就業規則が適用されない場合、不法行為が認められ損害賠償の対象になるか。

 

争点に対する判断として、一審は争点の中の(1)と(2)が容認されⅩらの主張を認めたことに対し、控訴審はY社側の主張が認められ不合理性ではないとされました。そして最高裁において控訴審の判断が維持されつつ一部の手当てについてⅩらの主張が認められました。このように一審、控訴審、最高裁と判断が分かれたことから、それぞれの判断の内容について見ていきたいと思います。

 

【一審の判断】

争点(1)労働契約法20条違反の有無について

まず裁判所は、本件においての労働契約法20条の考え方を示しています。

 

労働契約法20条は、有契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が不合理なものと認められるか否かの考慮要素として、①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲のほか、③その他の事情を掲げており、その他の事情として考慮すべき事情について特段の制限を設けていないから、一切の事情を総合的に考慮して判断すべきだが、特に①②をあえて明示していることから、この二つを特に重要な要素として位置づけられていることも明らかである。

そのため、有期契約労働者の職務の内容(上記①)と当該職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)が無期契約労働者と同一であるにもかかわらず、労働者にとって重要な労働条件である賃金の額について相違を設けることは、その相違の程度にかかわらず、これを正当と解すべき特段の事情がない限り不合理となるとしました。

 

本件においては、Ⅹら嘱託社員と正社員との間には、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(上記①)、業務の都合により勤務場所や業務の内容を変更することがある点(上記②)でも、両者に差異はないから賃金等の相違を正当と解すべき特段の事情がない限り不合理なものとなるため、この特段の事情(上記③)の有無について検討がなされました。つまり、その他の事情(上記③)の判断がポイントとなった事件でした。

 

特段の事情の有無について、本件の有期労働契約は高年齢者雇用安定法による雇用確保措置として定年退職後の再雇用として結ばれた労働契約であるところ、一般に従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるにあたり、その賃金が引き下げられる場合が多いことは公知の事実であるといっても差し支えない。企業において定年前と同じ業務に従事させるか否かという点はさておき、賃金コストの無制限な増大を回避しつつ定年到達者の雇用を確保するため、定年後継続雇用者の賃金を定年前から引き下げること自体には合理性が認められるとされました。この解釈は、控訴審、最高裁でも維持されています。

 

しかし一審では、一般的に定年後の再雇用に際して、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲が全く変わらないまま賃金だけを引き下げることが広く行われているとか、そのような慣行が社会通念上も相当なものとして広く受け入れられているといった事実を示す的確な証拠はないとされました。

 

また、Y社の再雇用制度は賃金コスト圧縮の手段としての側面があると評価できるが、Y社において賃金コスト圧縮を行わなければならないような財務状況や経営状況にあったとは認められないとされました。そして、本件組合との労使交渉においても両者が合意したものではなく労働条件に関する実質的かつ具体的な協議が行われておらず(労働条件の改善を行ったが労使交渉においてY社が本件組合の意見や首長を聴取して持ち帰るにとどまっている)、Y社が合意形成に向けた交渉を行っていたとも認められない、さらにⅩらも労働条件に同意していないとされました。

 

そのため、本件相違は労働者の①職務内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情に照らして不合理なものであり、労働契約法20条に違反するというべきであるとされました。

 

争点(2)労働契約法20条違反が認められる場合におけるⅩらの労働契約上の地位

前述のとおり一審では労働契約法20条違反が認められましたが、Ⅹらは正社員就業規則が適用されるかということですが、この点について一審では就業規則の解釈によって判断されました。

 

正社員就業規則には「この規則は会社に在籍する全従業員に適用する。ただし、次に掲げる者については規則の一部を適用しないことがある。」とされており、嘱託社員は規則の一部を適用しない者とされていました。これにより、嘱託社員の労働条件のうち賃金の定めに関する部分が無効である場合には、正社員就業規則その他の規定が適用されるものとなり、正社員の賃金の定めと同じものになるとされⅩらの主位的請求が容認され、争点(3)の予備的請求は判断するまでもなく判決されました。

 

【控訴審の判断】

争点(1)労働契約法20条違反の有無について

まず裁判所は、本件における嘱託社員と正社員の相違が不合理と認められるものであるか否かを検討するにあたって考え方について一審と同様の考え方を示しました。

 

労働契約法20条における労働条件の相違が不合理と認められるか否かの考慮要素は、①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情を掲げており、その他の事情には特段の制限を設けていないから、上記①②に関連する諸事情を幅広く総合的に考慮すべきものであるとしました。

 

本件においては、嘱託社員と正社員の間に上記①の点でも業務内容やその責任の程度に差異がなく、上記②の点においても業務の都合により勤務場所や業務の内容を変更することがあり両者に差異がない、ここまでは一審と同じ判断でした。

 

そして、一審と異なる判断がなされたのは上記③のその他の事情でした。

 

その他の事情として、まず始めに定年後の再雇用において定年前の賃金より減額されることについて判断されました。本件は高年齢者雇用安定法により義務付けられている高年齢者雇用確保措置の中の定年後の継続雇用制度として再雇用されたが、この継続雇用制度は実際に企業で最も多く採用されており社会一般で広く行われている。さらに従業員が定年退職後も引き続いて雇用されるにあたりその賃金が引き下げられるのが通例であることは公知の事実といっても差し支えないとされ、その理由としては、高年齢者雇用安定法の改正によって60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置が全事業者に対し義務付けられたこと、賃金コストの無制限な増大を回避して定年到達者や若年者を含めた労働者全体の安定的雇用を実現する必要があること、在職老齢年金制度や高年齢者雇用継続給付があること、定年後の再雇用はそれまでの雇用関係を消滅させて退職金を支給したうえで新規の雇用契約を締結するものであること、が挙げられ定年後継続雇用者の賃金を定年時より引き下げることそれ自体が不合理であるということはできないとされました。

 

また、独立行政法人労働政策研究・研修機構のデータを採用してY社が属する運輸業や同規模の企業を含めて、定年の前後で職務の内容(上記①)並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲(上記②)が変わらないまま、相当程度賃金を引き下げることは広く行われているとされました。

 

これらのことを前提に、嘱託社員と正社員の労働条件に差があることが不合理と認められるものであるか否かについて判断されました。Y社は定年後再雇用者の賃金について定年前の79%程度になるように設計しており、現実にⅩらの賃金の減額率は20%~24%とY社の設計と大差なく、前記のデータから運輸業の平均の減額率をかなり下回っている。また、Y社は本業である運輸業について収支が大幅な赤字となっていると推認できることを併せ考慮すると年収ベースで2割前後賃金が減額になっていることが直ちに不合理であると認められないとされました。

 

Ⅹらは具体的に賃金構成の各項目について不合理であるか否かが判断されるべきとの主張に対して、定年前と比較して一定程度賃金額が減額されることは一般的であり社会的にも容認されていると考えられること、Y社が(a)正社員の能率給に対応するものとして嘱託社員には歩合給を設けその支給割合を能率給よりも高くしていること、(b)無事故手当を正社員より高く支払ったことがあること、(c)老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されない期間について調整給を支払ったことがあるなど、正社員との賃金の差額を縮める努力をしたことに照らせば個別の諸手当の支給の趣旨を考慮しても不支給や支給額が低いことが不合理であると認められないとしてⅩらの主張を退けました。

 

このようにして控訴審では、Y社の主張を認め本件相違は労働者の①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情に照らして不合理なものということができず、労働契約法20条に違反するとは認められないとされ、争点(2)(3)を判断するまでもなく判決されました。

 

【最高裁の判断】

争点(1)労働契約法20条違反の有無について

控訴審では、本件は労働契約法20条に違反するとは認められないとされました。その理由としては、高年齢者雇用安定法により60歳を超えた高年齢者の雇用確保措置が義務付けられており賃金コストの無制限な増大を回避する必要があること等を考慮すると賃金を定年退職時より引き下げること自体が不合理であるとはいえず、定年退職後の継続雇用において職務の内容やその変更の範囲等が変わらないまま相当程度賃金を引き下げることは広く行われており、Y社が正社員との賃金の差額を縮める努力をしたこと等からすれば、Ⅹらの賃金が定年退職前より2割前後減額されたことをもって直ちに不合理であるとはいえないとされ、Ⅹらの賃金額全体をもって判断されました。

 

しかし最高裁では、精勤手当と超勤手当(時間外手当)以外は控訴審の判断を容認したが、この二つの手当てについては労働契約法20条に違反するとされました。以下ではその判断について解説します。

 

労働契約法20条は有期契約労働者の労働条件が無期契約労働者の労働条件と相違する場合においては、①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情を考慮して不合理と認められるものであってはならない旨を定めており、職務の内容等に応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。

 

労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当であるとして、本件では嘱託社員と正社員はその業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなく、業務の都合により配置転換等を命じることがある点でも違いはないから、上記①②の点において相違はないとされました。

 

そして、その他の事情(上記③)として労働者の賃金に関する労働条件は労働者の職務内容及び変更の範囲により一義的に定まるものではなく、使用者は経営判断の観点から他の様々な事情を考慮して検討され、また団体交渉等による労使自治に委ねられる部分が大きいためこれれらの事情も考慮されるとしました。

 

本件は、ⅩらはY社を定年退職した後に有期労働契約により再雇用された者であるが、有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であるか否かの判断において労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情にあたるとされました。

その理由は、定年制は長期雇用や年功的処遇を前提としながら人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに、賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができ、定年退職後に再雇用する場合は当該者を長期雇用することを通常予定されておらず、定年退職するまでの間に無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されていることを挙げました。

 

そして、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目にかかる労働条件の相違が不合理と認められるか否かを判断するにあたっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきとし、この点が控訴審と大きく異なる判断がなされました。

 

これによって、それぞれの賃金項目(基本給や各種手当)が労働契約法20条にいう不合理と認められるものにあたるか否かが判断されています。

 

〇 嘱託社員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等について

正社員には基本給、能率給及び職務給が支給されているが、嘱託社員に対しては基本賃金及び歩合給を支給し、能率給及び職務給を支給してませんでした。

 

正社員の基本給と嘱託社員の基本賃金は固定的に支給される賃金で、Ⅹらの基本賃金の額は定年退職時における基本給の額を上回っている。

正社員の能率給と嘱託社員の歩合給は労務の成果に対する賃金であり、職種に応じた係数を月稼働額に乗じて算出されるが歩合給の係数は正社員の能率給の約2倍から3倍に設定されている。

そして、Y社は本件組合と団体交渉を経て嘱託社員の基本賃金を増額し歩合給の係数の一部を有利に変更している。

 

このような賃金体系の定め方からすると、正社員と異なる賃金体系を採用するにあたり職種に応じた職務給を支給しない代わりに、基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに、歩合給の係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫しているということができる。

 

また、Ⅹらの賃金について基本賃金と歩合給の合計額に対応させて正社員の基本給・能率給・職務給の合計額を試算したところ、前者の方が少ないがⅩ1が約10%、Ⅹ2が約12%、Ⅹ3が約2%にとどまっている。さらに嘱託社員は定年退職後に再雇用された者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができるうえ、老齢厚生年金の報酬比例部分が支給されるまで2万円の調整給が支給される。

 

これらの事情を総合考慮すると、嘱託社員と正社員との職務の内容及び変更の範囲が同一であるといったじじょうを踏まえても、正社員に対して能率給及び職務給が支給する一方で嘱託社員に対して能率給及び職務給を支給せず歩合給を支給するという労働条件の相違は不合理とはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものにあたらないとされました。

 

〇精勤手当について

精勤手当の趣旨は、従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励することであり、両者の間で皆勤を奨励する必要性に相違はないというべきである。

 

したがって、正社員に対して精勤手当を支給する一方で、嘱託社員に対して支給しないという労働条件の相違は労働契約法20条にいう不合理と認められるものにあたるとされました。

 

〇住宅手当及び家族手当について

正社員には住宅手当及び家族手当が支給されていたが、嘱託社員には支給されていませんでした。住宅手当は従業員の住宅費の負担に対する補助して、家族手当は従業員の家族を扶養するための生活費に対する補助として支給されるものということができると、裁判所はそれぞれの手当ての趣旨について認定しています。

 

そして、正社員には幅広い世代がいるため住宅費及び家族を扶養するための生活費を補助することには、相応の理由があるということができる。他方で、嘱託社員は定年退職した者で老齢厚生年金の支給を受ける予定であり、それまでの間は調整給が支給されることになっている。

 

これらの事情を総合考慮すると、正社員に対して住宅費及び家族手当を支給する一方で、嘱託社員に対しては支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものにあたらないとされました。

 

〇約付手当について

Ⅹらは約付手当が年功的・勤続給的性格のものであると主張しているところ、約付手当は正社員の中から指定された約付者であることに対して支給されるものということができ、Ⅹらが主張するような性格のものではない。

 

したがって、正社員に対して約付手当を支給する一方で、嘱託社員に対しては支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものにあたらないとされました。

 

〇嘱託社員の時間外手当と正社員の超勤手当の相違について

嘱託社員の時間外手当と正社員の超勤手当は、時間外労働等に対する割増賃金として支給されていたが、割増賃金の算定にあたってその計算方法に違いはありませんでした。

 

前述の精勤手当を嘱託社員に支給しないことは不合理なものにあたるため、嘱託社員の時間外手当の計算の基礎に精勤手当が含まれないという点において労働契約法20条にいう不合理と認められるものにあたるとされました。

 

〇賞与について

賞与は嘱託社員には支給されいませんでしたが、嘱託社員は定年退職後に再雇用された者であり、定年退職にあたり退職金の支給を受けるほか、老齢厚生年金の支給も予定されており、その支給までの間は調整給の支給を受けることも予定されている。また、定年退職前の79%程度の賃金水準となることを想定されており、嘱託社員の賃金体系は収入の安定に配慮しながら労務の成果が反映されやすくなるように工夫されている。

 

これらの事情を総合考慮すると、職務の内容及び変更の範囲が同一であり正社員の賞与が基本給の5か月とされている事情を踏まえても、正社員に対して賞与を支給する一方で、嘱託社員には支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものにあたらないとされました。

 

争点(2)労働契約法20条違反が認められる場合におけるⅩらの労働契約上の地位(主位的請求)

以上のとおり、精勤手当と超勤手当(時間外手当)は労働契約法20条にいう不合理なものにあたるとされたのだが、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が労働契約法20条に違反する場合でも、無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるわけではない。また、就業規則等によってもⅩらが精勤手当の支給を受けることができる労働契約上の地位にあるものとは就業規則の合理的解釈からも困難であるとされました。

 

つまり、労働契約法20条に違反する労働条件の相違があっても、直ちに正社員と同一の労働条件になるわけではないとされました。

 

争点(3)不法行為の成否(予備的請求関係)

Y社が嘱託社員に精勤手当を支給しないという違法な取り扱いをしたことについて過失があり、Y社はⅩらに対して不法行為に基づく損害賠償を負うとされ、精勤手当と超勤手当の差額に相当する額と遅延損害金の支払義務を負うとされました。

 

【労務管理のポイント】

労働契約法20条違反の判断要素は、①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情の三つからなりますが、今回の判決はその中で③のその他の事情が判断されたという点で特殊なケースといえます。

 

その中で、定年退職後の再雇用は③のその他の事情に該当することが明示され、今後このような事案については企業側の定年後再雇用への対応が一定程度尊重されることになりました。

 

その他の事情の範囲については、限定されるものではなく経営判断の観点や労使交渉の経緯なども含めて広く判断されるという点において、最高裁で判断されたところに大きな意義があり今後の労務管理においても参考になると言えますが、逆に幅広く捉えられることによって個別事情での要素が大きくなり予測可能性は難しくなるといえるでしょう。そのため、今後同種の裁判例をよく確認しておく必要があります。

 

また、不合理性の判断は労働条件全体で行うのではなく、個々の労働条件ごとに行うことを明らかにされたため、企業の対応としては有期契約労働者と正社員の労働条件について一つひとつのその違いを明確にしておく必要があります。このことは、現在進められている(2018年12月現在として)同一労働同一賃金の法整備としても厚生労働省が指針の案(短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針案)が2016年12月に策定された同一労働同一賃金ガイドライン案をもとにして検討されています。今後この指針などに注目しつつ企業の対応を検討しておく必要があります。

 

そして、定年退職後の再雇用の賃金水準についてどの程度まで許されるのかについては明確に示されたわけではありません。本判決では定年退職前の79%程度で容認されています。他の事件としては九州総菜事件(福岡高裁、平29.9.7判決)においては、定年後再雇用にあたって提示された金額が定年退職前の25%程度は違法されています。まだまだ定年後再雇用の賃金額が争われた裁判は少ないため、今後の同種の裁判に注目していく必要があります。

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